代表コラム 子どもに「先生きらい」と言われたとき の “聴く”

こんにちは。NPO法人リスニングママ・プロジェクト 代表理事の豊平さとみです。
先日、
『子どもの“先生きらい”を、 安心につなげる聴き方 〜責めない・正さない・ でも放っておかない〜』
というタイトルで子どもにまつわる方々に向けてトークイベントを行いました。
その時の内容を知りたい!というお声をいただいたので、改めてコラムとして書き起こしてみました。
目次
- 「先生きらい」に、戸惑ってしまうとき
- その言葉は、本当に先生のこと?
- 気づきにくい教室の中のしんどさ
- ついやってしまいがちな大人の反応
- 「聴く」という、ささやかな関わり
- おわりに――「嫌い」から始まるもの
1. 「先生きらい」に、戸惑ってしまうとき
「先生きらい」
この言葉を子どもから聞いたとき、
胸のあたりが、きゅっとしたり、ざわっとしたりしませんか?
私自身、子どもたちと関わる中や、保護者の方のお話を聞く中で、
この言葉が出てきた場面にも立ち会ってきました。
- 「そんなふうに感じていたなんて…」
- 「どう声をかけたらよかったんだろう」
戸惑います。が、これも当然だと思うのです。
このコラムでは、
どう対応すればいいかよりも、
この言葉が出てきた背景に、どんな気持ちがあるのかを
一緒に見ていけたらと思います。
2. その言葉は、本当に先生のこと?
「先生きらい」と聞くと、
どうしても「先生との相性」や「出来事」を探したくなります。
でも、子どもたちの様子を見ていると、
「きらい」という言葉は、もっといろいろな気持ちを包んでいるように感じます。
- 怖かった
- 分からなくて不安だった
- うまくできなくて恥ずかしかった
そんなうまく言葉にできない感覚を、
ひとまとめにして出てくるのが「きらい」なのかもしれません。
だから私は、
「先生きらい」という言葉を聞いたとき、
答えというより、サインなのかなと考えるようになりました。
3. 気づきにくい教室の中のしんどさ
たとえば授業中、
- 周りは分かっているのに、自分だけ分からない
- 当てられるのが怖い
- 注意された場面が、頭から離れない
こうした経験は、ひとつひとつは小さく見えても、
積み重なると、学校という場所そのものを緊張させるものになります。
低学年のうちは「先生きらい」と出ていた気持ちが、
中学生頃になると
「別に」「どうでもいい」「言っても無駄」
という形に変わることもあります。
表現は変わっても、
しんどさが消えたわけではないことも多いのです。
4. ついやってしまいがちな大人の反応
心配だからこそ、
- 「そんなこと言わないの」
- 「先生にも事情があるよ」
- 「そのうち慣れるよ」
そんな言葉が出てしまうこともあると思います。
私自身も、あとから「別の言い方があったかな」と振り返ることがよくあります。
どれも間違いではありません。
ただ、子どもが感じている今この瞬間のしんどさには、少し届きにくいことも。
この一言を言った後の子どもの顔が全ての答えです。
少なくとも、子どもがホッとした顔にはならないことが多い気がしています。
5. 「聴く」という、ささやかな関わり
私が大切にしているのは、
すぐに直したり、理由をはっきりさせようとしないことです。
- 「そう感じるくらい、つらかったんだね」
- 「学校の時間、しんどくなってるのかもしれないね」
そんなふうに、
気持ちのそばに一緒に立つこと。
それだけで、子どもが少し安心して、
あとから言葉を足してくれることがあります。
それはその場にいなかった大人の想像ではなく、
確かにその場で踏ん張った子どもの中から出てきたこと。
足してくれた言葉は、子どもの中で少しずつ消化できているサインです。
そのために、「聴く」はあるのです。
6. おわりに――「嫌い」から始まるもの
「嫌い」という言葉は、
困らせるために出てくるものではなく、
気づいてほしい気持ちの入口なのかもしれません。
もし余裕があるときは、
「どうして?」よりも
「今、どんな感じかな?」と
そっと思いを向けてみてください。
完璧な関わりでなくても、
一緒に立ち止まろうとすることが、
子どもにとっての安心につながっていきます。
一回でも多く、
一緒に立ち止まる、子どもの声に耳を傾けて聴く、
これを私は心がけています。
皆様も一緒に、「聴く」を大事にしてもらえると嬉しいです。
※このコラムは、
リスママ代表として、また学研教室の先生・フリースクールの支援員として、
子どもたちや保護者の方と関わる中で感じてきたことをもとに書いています。
